著者娘 - Wanazawawww、今までずっと何処にいたの

プロローグ

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 時に⸺あなたは《著者学七不思議》をご存じだろうか。

 多くの学校に、学校ごとの「七不思議」がある。普通は小学生のうちに嗜む類の噂話だが、著者学園が怪奇創作者養成校であることを鑑みれば、その愛好も已む無しと言えよう。実際、それを嬉々として語る著者娘は多く、それ故にその目録は語られるたびに一定でない。

 曰く、早朝4時に校庭に行くと初代学長の飼い猫像の眼が人のそれのように見開かれていた。

 曰く、授業時間に他の教室を見ると麻袋を被った著者娘が座っていたが他の著者娘も教師も誰もそれに気付いていなかった。

 曰く、順調に書き進められていた記事が前触れもなく突如として永遠に終わらないセーブを始めた。

 曰く、飼育小屋で飼われているうさぎが男の声で何事か呻いたのを聞いた……或いはそれは畑で育てられているセロリだった。

 曰く、著者娘のうちの何割かは生物部の秘密実験でゴリラ人間に改造されてしまっている。

 曰く、放課後に出入り禁止の旧校舎を髪の長い女が歩いているのを目撃した者がいるが探しに行って誰かを見つけた者はいない。

 曰く、噂話として数多語られる七不思議の中でも「本当の七不思議」を全て知ってしまった者は世界から存在を消され、いなくなってしまう。

 ……エトセトラ、エトセトラ。当然、それらは真実ではない。5年以上前の創作が7割、最近の創作が3割、あとはほんのちょっと見間違いや聞き間違いが含まれている。つまり、トレンド的には少し前に流行ったジョーク(一部本気めのホラー)。記録ログを掘り返せば掘り返すほど、著者娘たちが自分や友人の著作を弄繰り回すのがどれほど大好きかということがわかるから、嬉しくてしょうがない。SCP財団が実在しないのと同じくらい実在しない、楽しい楽しい夢物語たち。

 そして、これも当然⸺その中には、わなざの創作も幾つか含まれている。

 例えば、畑で育てられている呻くセロリは、わなざの書いたアノマラスオブジェクトが元ネタだ(元ネタだとニンジン)。後発のうさぎちゃんの方が伸びてるから七不思議になるのもうさぎちゃんの方が先だった。不服ではあるが、友人が乗っかって書いてくれたものだし、西塔道香はかわいいので、許した。しかし許せない部分もあったので、後から「それ本当はセロリらしいよ」ってことにして言いふらした。セロリの方はもう誰も言ってない。悔しいよ

 そして……そう、放課後の旧校舎を徘徊する、腰まであるウェーヴィヘアで前髪の長い少女とは、何を隠そう、今のわなざのことである。考え事をするためにずっと同じ場所を歩き続けるには、誰も来ない長い廊下は丁度いい。以前、ふと思い立ってさも誰かから聞いた話のように噂を流してみたら、こっちは今でもちょくちょくまことしやかに語ってもらっているようだ。嬉しいね……

 今流れてる噂と違うのは、どれだけうろうろさせていただいても、誰も探しに来たことがないことくらい。

 わなざは、覗き込んでいたAndroidをスカートのポケットにしまい、歩きながら左手の親指と人差し指を立てた。右手の親指と人差し指も立てた。左手は左下、人差し指が右を向くように。右手は右上、左と点対称になるように。これはカメラのフレームじゃない、鉤括弧だ。

 それから、その中に向かって台詞を投げ込んだ。

「⸺最初にプロローグを書くってことはわかった。でも、それからどうするんだ?」


第1章: Wanazawawww、今までずっと何処にいたの

 16時の薄暗い陽光の中で、旧校舎の階段を上がる。初めて来た時は怖気もしたが、4度目ともなると慣れたものだ。

 《著者学七不思議》の一つ、放課後に旧校舎の2階を歩く、髪の長い著者娘の霊。著者娘たちは「今度こそ出た!」と心底嬉しそうに騒ぎ立てていた。目撃情報は新年度早々に飛び込んできて、今回の4度目に至るまでに2週間も経っていない。たまたま自分が毎回対応させられていたら、いつの間にか暗黙のうちに担当を押し付けられてしまったようだ。探しても誰もいなかったというオチを含めての怪談だとわかってはいるが、要するに確認者の自分は何も見ないのだから、怖がりようがない。

 七不思議と言っても、創立以来著者娘たちが好き勝手に濫造したものだから、その総数は百不思議だとも五百不思議だとも聞く。凄い話だと思う……自分も怪奇譚の類は好きだ。そうでなければ、著者学園の編集者への志願などするはずもない。今の学生が語る七不思議に、ワクワクしないと言えば嘘になる。だが、著者娘たちの情熱は時に常人の想像を遥かに超えていて、時折違うものにぞっとしてしまう。

 ⸺ふと思う。担当の著者娘がいれば、彼女たちを恐れるようなことはなくなるだろうか。

 そう、新任の自分にはまだ、担当の著者娘がいない。同期の編集者の殆どはもう担当を決めてしまった。運命的な出会いを期待しているわけではない、つもりだった。しかし、「初めて担当する著者娘の運命を歪めるようなことは避けたい」という恐れが決断力を鈍らせ、結局、運命の出会いを待つのにも似た、身勝手な消極性が発露していた。

 彼女たちの爆発的な執筆意欲が、コンテストでデッドヒートする様を、自分は読者として見てきた。彼女たちが、或いは自分が、ハンドルを誤った先に起きることを、自然と想像してしまっているのかもしれない。

 つまり自分は、著者娘が恐いのだ。

*

 ……足を止めた。上階からパタパタと走る音。

 耳を澄ますと、そっと引き戸を開け、閉じる音がした。廊下の中ほどだろうか。

 2階に到着し、2年5組の教室に当たりを付けた。鍵が掛かっていないことは知っていたので、引き戸式ドアを開ける。……誰もいない。他の教室を探してもよかったが、もう少し精査してみることにした。

 教卓の裏。いない。

 カーテンの裏。いない。

 掃除用具入れの中。⸺、

⸺そこには、髪の長い著者娘がぴったり入っていた。

▷ A.うわっ!
  B. もう何処にも行かないでくれ。

⸺声を上げてたたらを踏む。著者娘は観念した顔で、のそりと匣から歩み出た。噂通りの、長く、毛量の多い黒い髪。生白い肌色、顔に一筋垂らされた長い前髪が、その娘の得体の知れなさを演出していた。

⸺服装や体格に目をやった。低めの身長。ショッキングピンクのブルゾンと黒のセーラー服という、意味不明な取り合わせ(著者学園は私服登校可だというのに?)。ブルゾンに隠れているが、イメージよりは体格が良く、健康的な印象を受ける……ここまで感想を抱いて、流石に不躾に観察し過ぎたと⸺

▷ A. ちょ、ちょっと止まってくれ! こっちが話しかける隙がない!
  B. もう何処にも行かないでくれ。

 ……著者娘は淡々とした「描写」を止め、こちらを睨んだ。それから、「わなざわ今……」と不明瞭な何かを言いかけて、何故か両手の親指と人差し指を立て、カメラの画角を図るようなポーズを取った。

「……わなざは今モノローグ中なんですけど? 台詞になるまで待てませんか?」

▷ A. いや、待てる待てないとかじゃなくて……。知っているとは思うが、ここは立入禁止だ。即座に罰則を与えるほどではないにせよ、ルール上厳重注意はしなければならない。
  B. もう何処にも行かないでくれ。

「ああ……わかりました。わなざにもうちょっと殊勝にしていて欲しいんですね? ご心配なく、あと少しで殊勝にする描写に入るので」殊勝さの欠片もない口調でそう言っておいて、少しばかり思案げな表情になった。「どうしてもと言うのなら、描写をそこまで飛ばしましょうか? 展開が不自然になるのであまりやりたくなかったんですが……」

▷ A. できるなら、そうしてくれ……。
  B. もう何処にも行かないでくれ。

 答えながら内心では、この娘と関わり合ってしまったことへの後悔が急速に膨れ上がっていた。なんてやりにくい著者娘なんだろう?! 著者娘は皆奇矯なものだが、こんなに常から自分の世界に入り込んでいてコミュニケーションが取りづらいのはちょっと珍しい。

「やってみます。⸺著者娘はそう言うと殊勝げな顔になった(編集者注: 彼女はそう言うと、実際殊勝げな顔になった)。顔を傾け、長い前髪の房が頬を滑った。⸺すみません! 編集者の方ですか? ここにはもう何度も来ているんですが、誰からも怒られないものだからついつい入り浸ってしまって。ここ、誰もいなくて長い廊下だから、歩きながら考え事をするのに凄くちょうどよくて……」

 ここで、彼女の言うところの「モノローグ」の間だけ、彼女が両手を下ろすことに気付いた。逆に言えば、「台詞」の部分でだけ、彼女はカメラフレームのポーズを取る。そこへ至り、やっとそれがカメラではなく、「鉤括弧」の開きと閉じを模しているのだと察した。

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

▷ A. 何度も? ここ最近4回くらい、旧校舎2階に髪の長い著者娘がいるという報告があって、そのたびにここに来ているんだが。
  B. もう何処にも行かないでくれ。

 彼女がその度に隠れていたわけでないのなら、彼女と自分がここで会わないのは不自然だ。

「はい? ⸺著者娘は小首を傾げた。殊勝な表情は早くもここで疑念の表情に変わった。⸺わなざの知る限り、ここにはわなざ以外の誰も来ていませんが」

 辻褄が合わない。いや強いて言えば、彼女がいない時は霊がいて、霊の方が彼女より目立っているのだとしたら、説明が付くかもしれない。だが、十中八九彼女が嘘をついているのだろう。

 ともあれ、話すだけで疲労させられる彼女と、ここでこれ以上押し問答はしたくなかった。

▷ A. ……とにかく、もうここには来てはいけない。歩きながら考え事をするなら、校庭にしなさい。人がいないのがいいなら、早く自分の著者ルーム1を作るといい。
  B. もう何処にも行かないでくれ。

「著者ルームなら持ってますよ。でもあの部屋も広かないし、その……⸺著者娘の表情は疑念から、更に羞恥のそれになった。思ったより表情豊かな娘だ。⸺めちゃくちゃ散らかってるから、歩きづらくて」

 そうか、幼い容姿や声色⸺と、言動⸺のせいで新入生だと思っていたが、既に著者ルーム持ちだったのか。コンテストでは見ない顔なので、実は翻訳娘なのかもしれない。

  A. 君、名前は?
  B. 君は翻訳娘なのか?
▷ C. どんな考え事をしていたんだ?
  D. もう何処にも行かないでくれ。

 ……関わり合いになったことを後悔しておきながら、妙な質問をしたものだと思う。他にも訊かなければならないことがあるはずだ。だが、こんな奇矯な著者娘がわざわざ何度も旧校舎に忍び込んで考え事をして、何を企んでいるのか気になってしまったのだ。

「ふふふふふ……⸺著者娘はにやにや笑いを浮かべた。頭を左右に動かすたび、前髪の房が顔の中で揺れた。⸺聴きたいですか? とあるGoIフォーマット記事のアイデアが思い付いたんですが、フォーマット理解に手間取っていたんです。でも、それがそろそろ書き出せそうなんですよ! アイデアをお聴かせしましょう!」

 そう言って彼女は廊下の方に駆け出しかけ、ドアのところでおっと、と言って振り返った。そして、鉤括弧のポーズ。

「ホワイトボードを廊下に出してあるんです。字汚いから、教室の黒板とチョークじゃ上手く板書できなくって。来てもらえますか?」

 西日の逆光の中でも、長い前髪に隠れていても、彼女が満面の笑顔なのがわかった。最高のアイデアを誰かに話したくてたまらない、狂気を孕んだホラーSF創作オタクSWN001-1

 間違いない。彼女は恐ろしき生き物、著者娘だ。

*

「板書するんで鉤括弧できないんですけど、どこからどこまでモノローグかわからなくなりません? ⸺著者娘はホワイトボードマーカーで手遊びしながら尋ねた。彼女なりの気遣いなのだろうか?

▷ A. なのだろうか? と言われても。
  B. もう何処にも行かないでくれ。

⸺しかし、この娘はどうしてこんなわかりにくい喋り方をするのだろう? ⸺ふむ、尤もな質問です。……いやわかりますよ、もっと前に抱いていた疑問であることは。そろそろお答えしておこうと思っただけです……わなざは重度の独言症なんです。四六時中独りちまくり。頭の中のこと全部口に出さないと気が済まない。誰と喋っていてもずっとこんな調子なものだから、今どっち? 独り言? 話しかけてる? って訊かれちゃう……」

 彼女は綺麗とは言えない字で、ホワイトボードに 独り言 そして 会話文 と書いた。

「……それで、わなざは思いついたんですよ。独り言モノローグと会話文を、視覚的にわかりやすく分けてしまえばいいんだと」

 そう言いながら、「会話文」の方だけを鉤括弧で括った。

「そのうちそれは新しい遊びに発展しました。世界の地の文や誰かのモノローグを、勝手に喋ってしまうんです。我ながらなかなか面白い試みでしょう? 自分ではない物語の語り手を、勝手に『信頼できない語り手』にしてしまえるんですよ。今はあなたが語り手であると仮定して、あなたのモノローグをハックしているというわけなんですね」

 独り言 を◯で囲み、その下に人のシルエットやデフォルメされた地球の絵を描き、 独り言 からそれらに矢印を伸ばす。

「独り遊びや友人間でのふざけ合いの範疇ですけどね。でも、空想科学部門の記事はお好きですか? 財団世界の著者と読者がいるのならば、この世界にも著者と読者がいるのでは、と考えたことは? 本気で信じてたら頭おかしくなっちゃいますが、遊びとしてはなかなか楽しい佯狂なのでたまに考えてみるといいですよ。わなざは遊びすぎて信じかけているので頭がおかしくなりかけています」

「あ……でもこれをここで説明しちゃうと、わなざのピンクのブルゾンと黒のセーラー服のコーデも、計算され尽くしたウェーヴィヘアと長い前髪も、読者視点では実在が怪しくなっちゃうのか?! ⸺見るからに慌てる著者娘。⸺今のうちにあなたの口から肯定しておいてもらえませんか?!」

  A. ああ、君はピンクのブルゾンと黒のセーラー服を着た、計算され尽くしたウェーヴィヘアと長い前髪を持つ著者娘だ。
▷ B. さて、なんとも言えないな……。
  C. もう何処にも行かないでくれ。

「ちょっと!」

  A. そうだな、君はピンクのブルゾンと黒のセーラー服を着た、計算され尽くしたウェーヴィヘアと長い前髪を持つ著者娘だ。
▷ B. そうであるともないとも言えないな。
  C. もう何処にも行かないでくれ。

「ちょっと……あの……キャラ造形を否定されちゃうと、わなざはほんとに困っちゃうんですけど……」

  A. わかったわかった、君はピンクのブルゾンと黒のセーラー服を着た、計算され尽くしたウェーヴィヘアと長い前髪を持つ著者娘だ。
▷ B. どうしたものかなあ。
  C. もう何処にも行かないでくれ。

⸺彼女のあまりの可愛らしさといじらしさを前にすると、幾らでもいじめたくなってしまう。さて、この娘はあと何回いい声で鳴いてくれるのかな……。

▷ A. ああ、君はピンクのブルゾンと黒のセーラー服を着た、計算され尽くしたウェーヴィヘアと長い前髪を持つ著者娘だ。
  B. さて、なんとも言えないな……。
  C. もう何処にも行かないでくれ。

⸺著者娘は笑顔を取り戻した。

「……えー、脱線しました。⸺そう溢してクリーナーでホワイトボードに書いたものを消す著者娘。

▷ A. GoIフォーマットの話をしてくれるんじゃなかったのか?
  B. 果たして、本当に「おかしくなりかけ」で済んでいるのかな。
  C. もう何処にも行かないでくれ。

「これからするんですよ! ……その要注意団体は、神奈川県某所にある女学園です」

 著者娘は消したばかりのホワイトボードに「凸」を書いた。学校のアイコンだ。

「嘗ては普通の女子校だったというカノンもありますが、少なくとも今は、空想科学的な……他物語層へアプローチする能力を学ばせる異常なカリキュラムで以て、才能のある生徒たちを教育しています。カリキュラムの内容は、表向き生徒の自主性を重んじつつも、その実、彼女たちの競争心を掻き立てるようなものです。成績優秀者には褒章があったりもして、生徒たちは進んで切磋琢磨するようになってゆきます」

 凸の下に人のシルエットが描き足される。凸から人へ矢印が引かれ、その横に「’Pataphysics」の文字。

綴り合ってるか? ……ね? 面白そうでしょう。3年くらい前にGoIフォーマットも作られて、その時に記事が幾つか書かれています。Taleが幾つかと、アートワークもかなりの数あります。ただ、それ以降はGoIFはあんまり書かれなかったのかな」

「GoIFも面白いんですよ。基本的に生徒にフォーカスを当てた、Tale的な構造を取っています。まず最初に、生徒の独白という形でプロローグが始まる。プロローグの内容も色々あるけど、典型的なのは『物語への干渉なんて急に言われてもわかんないよ〜!』とか、『私がこの学園でてっぺんを取ってやる!』みたいな感じだと思ってください。その後、その生徒のメンターの視点になり、メンターが生徒に出会って、生徒の悩みを取り除いたり、共に学園生活を歩んだりします」

 人のシルエットがもう1人追加された。先にあったシルエットとの間に↔︎の矢印。それから、

……リボン描くか? それはちょっとイヤだな。……『師弟』でいいか……

 と呟いて、先に書いてあったシルエットに「弟」、後に書いたシルエットに「師」と書き入れた。

よし、わかりにくい。メンターの台詞は基本的に全て選択肢で描写されます。デートシム……というか、最近のソーシャルゲーム・ライクですね」

 言いながら、「師」の方の下にA、B、C…と書き足す。

「全体像はこんな感じです。質問はありますか?」

▷ A. いや、続けてくれ。
  B. そんな要注意団体あったか……?
  C. 君は自分が何をしているかわかっているのか?
  D. もう何処にも行かないでくれ。

 聞いたことのない要注意団体だった。だが、興味を唆られるのは確かだ。

「OK。で、ここでわなざが目をつけた部分っていうのが……幾つかあるんだけど、まず、既存の作品に非異常な学生生活や学内の施設への言及があんまりないんですよね。もちろん、異常性に関係ない、書いても美味しくないと思われた箇所だからでしょうけど、ともかく一般教養系の授業や部活やバイト、あと体育館とかプールとか図工室とか、への言及はなさそうなんですよ」

 それからマーカーを握って何か描こうとしたが、「……描かなくていいか。館もプールも描けないや」と言って辞めた。

「わなざが欲しいのは、やっぱ……旧校舎ですな、うん。liminal spaceだし、忍法も面白くて強い。学園もののホラー回はどれだけあってもいいからね。⸺そう言いながら著者娘は『旧校舎』と書き込む適切な場所を探し……結局諦めて適当な余白に書き込んだ。

「それから、初期の記事で《七不思議》についてちょっとだけ触れられてるんですよ。七不思議! なんて甘美な響き! ……でもこのあと、そこで描写された怪異や他の怪異について掘り下げられてはいないんです! これは絶対に掘り下げ甲斐が絶対にありますよ絶対に! 学園もののホラー回はどれだけあってもいいからね。⸺そう言いながら著者娘は『七不思議』と書き込む適切な場所を探し……果たして、それは直前に『旧校舎』と書いた箇所の真下が相応しいと当たりを付けた。

「フォーマットでもできることはあるはずだ! メンターの台詞は選択肢で示されると言いましたね。初期の記事においては、『選ばれなかった選択肢』がボケやツッコミとして機能していました。どういうことか? ストーリーラインにおいて選択されずとも、そこに選択肢としてあるだけで、ストーリーのテンポを崩さないままに、生徒の発言に対してツッコミを入れたり、美味しいボケができたりするんですよ! 読者に『これを選んでたらどうなってたの?!』って思わせられる! 大発明! ……しかし、これは後発の記事にはあんまり継承されなかったみたいなんですな。絶対面白いから是非やりましょう。⸺『☆選択肢』、その下に『ボケ・ツッコミ』と。

「ボケとツッコミだけじゃないですよ、『不穏』もできます。メンターが何をしようとしているのか? 生徒は何を知っているのか? そういうのを選択肢としてチラッと見せといて……選ばない。スカすんすわ。スカしてスカして、最後に選んで大オチにしてもいいね。⸺そう言いながら著者娘は……『不穏』と書き入れようとして……『穏』が書けないのでポッケからAndroidを取り出して……Twitterを開いて変換して……OK、書き入れた。

「あ! あれもできんじゃん……隠し選択肢! 隠しメッセージっちゃあ記事の秘められし華ですからね。まあでもこれは、やれたらやるヤツだな。⸺『█████』って書いちゃお。何故ならば、『隠し選択肢』は画数が多いからだ。

⸺……そして、著者娘は一歩引き、自分の書いたホワイトボードを眺めた。

「……うーん、こんなもんか。これらをぐわっと盛り込んだ記事を書いたとしたら、どう?! 面白くなりそうじゃないですか?!」

  A. 完成物を見ないことにはまだ、なんとも……。
▷ B. ……面白そうじゃないか!
  C. そんな要注意団体あったか……?
  D. 君は自分が何をしているかわかっているのか?
  E. もう何処にも行かないでくれ。

 本心からの言葉だった。もちろん、完成物を見ないと評価はできない。好みも別れるかもしれない。だが、もしもこの要素をまとめ切ることができたなら、それは十分評価されるものになりそうだった。

 著者娘は⸺自分はここで今更、彼女の名前をまだ訊いていないことを思い出した⸺モノローグを出すより前に、満面の笑顔を浮かべた。

 だが……その直後、急に無表情になった。殆ど暮れた窓から指す夕日の逆光では、その感情は読み取れなくなっていた。

「……まあ、いいアイデアだとしても、完成するかどうかは別の話です。書かなきゃいけないことがいっぱいあるし……長い記事書くの得意じゃないし……何よりわなざには、長いブランクがありますから。いつか完成したら、どこかで読んでくださいね」

 そう言って著者娘はスカートのポケットからスマホを取り出し、ライトを点けてホワイトボードを撮影した。その行為からは、そのアイデアへの自信と期待が見て取れた。

▷ A. 編集者には見せたのか?
  B. ブランクってどのくらいなんだ?
  C. その記事、自分と一緒に書かないか。
  D. もう何処にも行かないでくれ。

 背伸びをしながらホワイトボードを消し始めた著者娘の背中に、そう尋ねる。

「編集者? いたことないですよ、編集者なんて」

▷ A. どうして?
  B. 嘘だ。君にはかつて、我々が編集者と呼ぶ者が傍にいた。

「あなたたちって、著者娘がコンテストに出て勝つことにしか興味ないでしょ? わなざはコンテストに出る気がないんです。だから、編集者は要らない」

「わなざは今お見せしたようなことをずっと考えています。新規性のあることができたら、掘り起こすべきものを掘り起こせたら、自分にしか書けない記事が書けたら、もう満足。……別にストイックなわけじゃなくて、voteの伸びには一喜一憂しますよ。でも、大きなvoteを得ることや、コンテストで競い合うことが、著者娘の本分だとは思わない」

「著者娘の本分ってなんですか? 面白い記事を書くこと? ……違います。それは前提。これは『面白い記事を書くことで、何をすればいいのか?』という問いです」

「著者娘の本分、それは……シェアードワールドに貢献することです。どれだけシェアードワールドに貢献できたか! わなざはそのためにあらゆる手段を用いて戦い、そして、勝ってきました。誰よりも早く、目敏く、アイデアの鉱脈を見つけ出す。記事を書いていた頃は直接、書いていなかった時だってキャッチーな話題の提供者として、それがそこにあることを知らしめるために腐心した。わなざはそれを、一度ならず成し遂げてきました。えらい! だから、コンテストで勝つ必要はないのです」

「『この要注意団体にはまだフォーマットがないぞ!』『このGoIフォーマット、本邦ではまだ書かれてないぞ!』『この記事で言及されているこれ、掘り下げ甲斐があるんじゃない!?』……それを見つけ出し、知らしめ、創る! それが、それこそが、創作サイト『SCP財団』の虜たる著者娘の本分⸺」

⸺……ここで著者娘は手が止まっていたことに気がついたらしい。彼女はホワイトボードを消す作業を再開した。⸺……主語を大きくしては、読者に怒られてしまいますね。こういうとこが良くない……大作も書けない、数も書けない、『レースで勝てる戦い方』を端から持たざるわなざは、それでもできることを探して、こういう結論に行き着いたわけです。本心から信じて話していますが、さりとてそれは負け犬の遠吠えだと言われたら、それもある面では正しいのでしょう……」

「でも、それがわなざの結論です。だから、コンテストで勝つための編集者は要らないんです」

 著者娘はそれきり黙ってしまった。陽差しは翳り続ける

▷ A. ブランクってどのくらいなんだ?
  B. その記事、自分と一緒に書かないか。
  C. 嘘だ。君は「編集者の本分」をわざと誤魔化している。君は自分に我々が編集者と呼ぶ者が必要だとわかっている。

「5年!」

  A. 5年?!
  B. ごッ……ごね……ご……。
  C. ごッ……あっ……へえ……そうなんだ……。
▷ D. ごッ……あっ……いや、その程度何でもないさ……!
  E. そうだ。我々も君も十分待った。機は熟した、違うか?

「リカバリーできてねえなあ! ……もう5年半になるのかな。『幽霊の標識』が2018年の……いつだっけ?」

  A. あのジョーク記事を君が書いたって言ってるのか?
▷ B. ……黒の女王フォーマットか。
  C. 君の蒔いた種にはが生った。収穫しよう、それが幻覚毒だとしても。

「読んでくれてたんですか? 嬉しいね……いい記事ですよね。あの頃、黒の女王フォーマットはまだ日本では書かれていませんでした。それに、幽霊のぉぉお標識ぃいいをシリアスなジュブナイルに仕立て上げるなんてこと、世界でわなざしか思い付かなかったんですよ。痛快じゃありませんか?」

▷ A. わかるよ。
  B. わかるよ。

 著者娘はこちらに背を向けたまま、ふへへ、と笑った。ホワイトボードはもうまっさらになっていた。

 著者娘はそれきり黙ってしまった。陽差しは翳り続ける

▷ A. Wanazawawww。その記事、自分と一緒に書かないか。

 ある面ではそれは、ひどく打算的な決断だった⸺運命を歪めてしまう恐れを、どんな形であれ9年の歴史を持つ著者娘に対しては、ちっとも抱かなくていいのだ。それに、彼女は既に歪み切っているので、歪ませたくてももう歪まない。

 だが、それだけじゃない。コンテストに出ない著者娘の矜持が、デッドヒートから一歩引いて見える景色が、自分には新鮮だった。

 だが、それだけでもない。そんな彼女がコンテストのデッドヒートに叩き込まれる様を、何処かで自分は夢想してしまっていた。

 何にせよ、自分はもう目の前の著者娘のことを、恐いとは思わなくなっていた。

⸺著者娘は……勿体付けてゆっくりと振り向き、それから、肩を竦めた。もう陽差しは翳り切って、お互いの表情もわからない。⸺そう言うと思ってました。何のコンテストに出すんですか? チームコン? それとも、10周年で何かやるんですっけ?」

 次に何のコンテストが開催されるかも把握していないのか。もう驚かないが。

  A. 何にも出さなくていいよ。面白い記事を書こう。
▷ B. チームコンテスト2023だ。テーマは「財団」で、「内部部門」「機動部隊」「セキュリティ施設」「フロント組織」の内どれかを書くことが期待されているが、無理やりねじ込もう。

「わあ、それは……魅力的な提案だな……そしてもし本気で言ってるんじゃなかったら怒っちゃうな……」

▷ A. 何にも出さなくていいよ。面白い記事を書こう。

 彼女は薄闇の中、両手で小さな小さな鉤括弧を作り、その中に気弱そうに言葉を吹き込んだ。

「……コンテストに出ろなんて言わない?」

  A. もちろんだ。
▷ B. ……もし、誰かからチームコンに誘われたら、どうする?

「てめえ本性表しやがったな?! ……迷うと思うけど、そうだな、やってみようかな。SNSであんだけ大威張りカマしておいて、いざとなった時にお誘いを断ったら、廃る名もありましょう。思い返せば、2020年もそう思って待ってた気がする。……これ恥ずかしいから誰にも言わないでくださいね」

▷ A. もちろんだ。

⸺こうして、わなざ娘との学園生活がスタートした!

「……あの、よろしくお願いしますね。わなざは本当に筆が遅いし、本当に寡作だし、本当に長いものはよう書かんのですよ。それでもいい? お尻引っ叩いて欲しい時に引っ叩いて、そうじゃない時待っててくれる?」

▷ A. ……善処するよ。こちらこそ、よろしく。

ふへへ……めちゃめちゃ暗くなっちゃいましたね。⸺めちゃめちゃ暗いので、あなたはわなざ娘がどんな顔をしているかもわからない。長い前髪の房がどこにあっても、それが描写されることはないのだ。

「……夜目は利く方ですか? わなざは……うーん、ギリ、階段まで見えてます。ライト点けたら旧校舎に入り込んで著者娘と編集者で逢引してたことバレちゃうから、手引いてあげてもいいですよ!」

「もう鉤括弧がなくても、全部あなたに向けた言葉だってわかるでしょう? なーんて……」

▷ A. ……君に言わなきゃいけないことがあった気がする。

「……はい? なんですか?」

  A. ⸺思い出したら言うよ。
▷ B. ⸺もう何処にも行かないでくれ。

「……ちょっと! あなたとわなざわ、初めて会ったテイじゃなかったんですか?」

⸺わなざわ、闇の中でにたにたと嗤った。あなたにはそれがわかる。

「『何処にも行かないでくれ』? わなざわ何処にも行ってませんよ。ずっと此処にいました。あるいは、其処に。其処此処に。だって、そのために書いたり、書かなかったりしてきたんじゃないですか! 忘れたの?」

「……でも、いいですよ、編集者/創作意欲/神/上位創作者/誰かの望み。あなたにはご心配をお掛けしましたからね⸺」

「⸺あなたに『ただいま』くらい、言っておいてあげましょう」

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